内積のイメージとして2つの矢印の間のなす角に対応する値というのがあると思います.
このなす角というのは2つの矢印の向きがどれほど近いか,もとい2つの矢印がどれほど似ているかの指標になりますね.
誤解を恐れずに言えば,何か2つのものがどれほど似ているかを調べたければ,それらの内積が調べられるようにセッティングしてあげればよさそうということです.
ということで矢印以外のものに対しても適用できるように内積の性質を抽出したいです.
では数学の分野で出てくるけっこう抽象的な内積の定義を書きます.
1.内積の定義
内積
とりあえず体\(F\)は\(\mathbb{R}\ \text{or} \ \mathbb{C}\)とします
\(F\)上のベクトル空間\(V\)において,関数\(\langle \ , \ \rangle: V \times V \to F\)が以下の条件を満たすとき,内積であるという.
\(x, y, z \in V, \alpha \in \mathbb{C}\)として
\begin{align*}
&1. \quad \langle x,y \rangle = \overline{\langle y,x \rangle} \\
&2. \quad \langle \alpha x + y,z \rangle = \alpha\langle x,z \rangle + \langle y,z \rangle \\
&3. \quad \langle x , \alpha y + z \rangle = \bar{\alpha} \langle x,y \rangle + \langle x,z \rangle \\
&4. \quad \langle x,x \rangle \geq 0\\
&5. \quad \langle x,x \rangle = 0 \text{ if and only if } x = 0
\end{align*}
では内積の具体例をいくつか挙げてみます.
2.具体例
2-1.矢印の内積
高校生の頃からおなじみのやつです.
\(x, y \in \mathbb{R}^n\)に対して\[\langle x, y \rangle := \sum_{i = 1}^n x_i y_i\]と定義します.ちゃんと定義みたしてます.
2-2.複素数ベクトルの内積
今度は\(x, y \)を\(\mathbb{R}^n\)ではなく\(\mathbb{C}^n\)からとってくるようにします.
この場合は2-1.の定義のままだと,内積の定義の2.とか4.とか5.とかがだめになってしまいます.例えばすべての成分が虚数単位\(i\)のベクトル考えたら\(\langle x,x \rangle = -n \)となったりしちゃいます.
そこで複素共役をとって定義するようにします.つまり\[\langle x, y \rangle := \sum_{i = 1}^n x_i \bar{y_i}\]
こうすれば定義を満たすように設定できています.
2-3.関数の内積
内積の性質を抽出したおかげで関数にたいしても内積が定義できるようになります.
例えば\(V\)を定義域が区間\([0,1]\)で実数値をとる連続関数の空間としましょう.\(V\)はちゃんと実数上のベクトル空間になってます.
まったくもって気分の問題ですが\(x, y\)だと少し数ベクトル感が強いので,連続関数\(f, g \in V\)をとってきましょう.このとき\[\langle f, g \rangle := \int_0^1 f(t)g(t)dt\]とすればこれは内積になっています.
内積の定義の5.だけ確認してみます.
\(f = 0\)のときはたしかに\(\langle f, f \rangle = 0\)ですね.逆を見てみたいと思います.
対偶を示します.\(f = 0\)でないとすると,区間\([0, 1]\)のどこかの\(s \in [0, 1]\)で\(f(s) \neq 0\)となってますね.そこで\(F(t) = f(t)^2\)と定義すると,\(F\)も連続関数でかつ\(F(t) \geq 0 \ \forall t\)です.とくに\(F(s) = f(s)^2 > 0\)ですね.
すると\(s\)で連続であることの定義から\[\forall \varepsilon > 0, \exists \delta > 0 \text{ s.t. } |x – s| < \delta \Rightarrow |F(x) – F(s)| < \varepsilon\]となります.例えば\(\varepsilon\)として\[\varepsilon = \frac{F(s)}{2}\]をとってみると,いい感じの\(\delta > 0\)がとれて
\[|x – s| < \delta \Rightarrow |F(x) – F(s)| < \frac{F(s)}{2}\]
つまり\[s – \delta < x < s + \delta \Rightarrow \frac{F(s)}{2} < F(x) < \frac{3F(s)}{2}\]となります.
よって区間\(I := [0, 1] \cap (s – \delta, s + \delta)\)とおくと,この区間の長さは少なくとも\(\delta\)はありますから,
\[\langle f, f \rangle \geq \int_I F(t)dt > \frac{F(s)}{2} \delta > 0\]
となり対偶を示すことができました.
2-4.行列の内積
複素数を成分にとる行列\(A, B\)に対して,
\[\langle A, B \rangle := \text{Tr}(AB^*)\]
も内積の定義を満たします.
こちらも定義の5.だけ確認してみます.
行列\(A\)は\(n \times n\)行列であるとして行ベクトル表示してあげましょう.\[A = \begin{pmatrix}a_1^* \\ \vdots \\ a_n^* \end{pmatrix}\]となりますね.すると\[AA^* = \begin{pmatrix}a_1^* \\ \vdots \\ a_n^* \end{pmatrix} (a_1 \cdots a_n) = \sum_{i,\ j = 1}^n a_i^* a_j \]となりますから,
\begin{align*}
0 = \langle A, A \rangle &= \text{Tr} AA^* \\
&= \sum_{i = 1}^n a_i^* a_i \\
&= \sum_{i = 1}^n |a_i|^2 \\
&\iff a_i = 0\ \forall i = 1, \cdots, n \\
&\iff A = 0
\end{align*}
ということでOKですね.
3.コーシーシュワルツの不等式
内積が定まっていればノルムを
\[\| x\| = \sqrt{\langle x,x \rangle}\]
で定めることができます.
ベクトル空間\(V\)上で内積が定義されていればコーシーシュワルツの不等式が成り立ちます.
不等式の形を確認しておきます.
コーシーシュワルツの不等式
\(x,y \in V\)に対して
\[|\langle x,y \rangle| \leq \|x\| \ \| y\| \]
内積の定義以外を用いないように気を付けて示したいと思います.
まず\(y = 0\)のとき,左辺も右辺も\(0\)になりますのでOKです.
そこで\(y \neq 0\)としましょう.すると内積の定義5.より\(\langle y, y \rangle \neq 0\)ですから逆元\(\langle y, y \rangle ^{-1}\)が存在します.ここで
\[t = \langle y, y \rangle ^{-1} \langle x, y \rangle \]
とします.\(\langle y, y \rangle ^{-1}\)は非負の実数であることに注意して内積の定義4.と1.2.3.を用いて式変形していきます.
\begin{align*}
0 \leq \langle x – ty, x – ty \rangle &= \langle x, x \rangle -t\langle y, x \rangle -\bar{t}\langle x, y \rangle + |t|^2\langle y, y \rangle \\
&= \langle x, x \rangle -\langle y, y \rangle ^{-1} |\langle x, y \rangle|^2 -\langle y, y \rangle ^{-1} |\langle x, y \rangle|^2 +\langle y, y \rangle ^{-1} |\langle x, y \rangle|^2 \\
&= \langle x, x \rangle -\langle y, y \rangle ^{-1} |\langle x, y \rangle|^2\\
\end{align*}
よって整理して\[|\langle x,y \rangle|^2 \leq \langle x, x \rangle \langle y, y \rangle = \|x\| ^2 \ \| y\| ^2 \]
となりました.うれしいです.

最後までお読みいただきありがとうございました
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